非営利であれば、紙媒体での転載印刷複写配布を許可します。 自分個人用であれば、 フロッピーディスクやMOディスク、CD−R等に、 電子的に保存することも許可します。
ただし電子的な提供は、原則として許可しません。 電子的な提供・発表・修正を許可されるのは、 執筆者である私(ここでは匿名)と 寄贈先である WEB版図書館就職相談室、 2000年4月現在その主催者である日暮行男さん、 及び前3者が特に許した者に限られます。
なお以下の記述について、 記憶の間違い、或いは試験制度の改正等に由来する 情報の錯誤や陳腐化に対し、苦情は一切受け付けません。 利用者各個人の責任において、御利用ください。
以上どうか、御了承ください。
採用予定30人、一次通過者51人、最終合格33人。
試験区分「教育・文化」についていえば、一次通過5人、最終合格2人。
<余は如何にして遅刻者となりし乎>6月28日
最寄駅8時42分。下り列車の発車時刻。エスカレーターで。
心の中の叫び。
「おおおおおーっ!
列車が行ってしまうー!なぜだあーっ!」
なぜでしょう。それは、休日ダイヤだからです。
平日より一分早い発車なのです。
初歩的なミスですね。やる気あるのかい。
藤沢から小田急線に乗り換え。六会駅へ。
事前情報では、藤沢から5分くらいでつく、とのこと。
藤沢駅、次の発車は9時26分。試験の着席時刻、9時30分。
まあ、行くだけ行ってみるか。場所の確認だけでもして。
六会駅到着。9時30分くらい。
これで、受けられるのか。門前払いか。
ほかにも遅刻者がいるのではないか。
改札を出る。相前後して、十人ほどの若い乗客が出る。
ははあ。みんな、遅刻者だな。
落ち着いて歩いてるのもいるよ。
遅刻者も受けられることを知っているからだろうか
よし、少し走ってみるか。
やはり、小走りで行く人の後をついていく。
日大の藤沢キャンパスに入る。ここが会場だ。
構内を進むと、建物の外に受付がある。先ほどの人の後に並ぶ。
私「すみません」職員「まだ受けられますよ。」
座席票を受け取る。しかし、どの建物のどの教室だ。
入り口の、受験職種別の会場表示を見ても、わからん。
わからん。ほかにも、戸惑ってる人がいるよ。
受験者「場所がわからないんですけど」
屋内にいた職員「右側を奥へ行って云々」
建物の入り口の表示と違うじゃないか。
はじめの受付で、そう説明してくださいよ。
遅れたこちらが悪いんだけど。
まばらに受験者のいる部屋に通される。
説明を受ける。ここは、遅刻者用の予備室なんだそうだ。
20人くらいはいるか。
<教養試験:理系問題で稼げ>
いよいよ、教養試験だ。
問題集も、ほとんどやってないしな。今年は、様子見だな。
政治・経済・法律。難しいよ。どうしよう。
文章理解。古典が、一問あるよ。忘れてるよ、こんなの。
塾講師の、古典の指導の時、しっかり勉強し直すべし。
現代史。うーん、難しい。
英文理解。長文を読んで、要旨に合う選択肢を選ぶ。
先週は、英検でこういうのをやったっけ。
4問もあるよ。でも、そんなに難しくない。
思想史は、お手のもの。
でも社会科系では、さすがに知識を訊く問題は
できないな。
終わりの方に、理系問題がある。
とりあえず、見てみるか。
この手のは、中学入試で出たぞ。考えれば、解けるじゃないか。
知ってなければとれない文系問題より、楽だ。
細かい知識や数式は、与えられているし。
流れる川と、それを横切るボートと、
向こう岸に着くまでの距離の問題。
3:4:5の、三角比を知ってれば楽勝。
或る数の桁の数字の合計が9で割り切れれば、
その数自体も9で割り切れる、という性質を
利用する問題。
「確統」にあるような、2項定理の問題。これは、無理だ。
必要な数式は与えられているが。
湖の植物の、呼吸と光合成の量の問題。文章の空欄補充。
植物が呼吸していることと、光の量の関係がわかれば解ける。
金属の膨張率と、膨張率の影響を受けない継ぎ手の作り方の問題。
2種類の、膨張率の違う金属を組み合わせて作る。
ここでは、鉄と亜鉛を組み合わせて、
温度が上下しても長さの変わらない継ぎ手をつくる。
なるほど。こういう作り方があったのか。
膨張率は、数字が与えれている。
あとは、考えて計算すればよいのだ。
<休み時間>
職員「ここは、予備室です。
今から、本来の教室へ移動してください」
移動先は・・・どこだ。
扉の外に、「福祉職・女」と書いてある。どう考えても変。
と思ったら、座席番号別の教室行先表示を、
受験番号の下3桁別だと勘違いしていた。本来の教室へ急げ。
休み時間。残り、あと約30分。
昼食を食べずに、勉強しようと思ったのに。
さ迷っている間に、休みが半分終わってしまった。
勉強の材料は。
6年前に履修した「日本国憲法」の教科書。放送大学の『生涯発達と生涯学習』。
それと、3年前に履修した「日本教育史」の授業のプリント。
うーん。わからん。何がでるんじゃ。
ああ、勉強が進まないうちに、時間がなくなった。
いよいよ、専門試験か。
[以上は1999年7月の執筆]
<専門試験>
1999年10月の時点では、あんまり憶えてない。
憲法は、条約と法律の位置関係とか、PKFとか、
滋賀献穀祭公金支出違憲判決とか、表現の自由とポルノの関係が出た。
東洋美術では唐草模様の歴史、
西洋美術では現代美術の流れ(キュービズムとか)が出た。
教育哲学・教育史・教育心理・生涯教育・教育行政・
日本思想・西洋思想・文化人類/民族学・
東洋美術・西洋美術・西洋音楽等から出たので、
学芸員の資格取得に必要な科目と重なる部分が多いと思った。
<二次一日目:論文試験と若手面接>
論文は午前、面接は午後。
論文は、4分野から1分野選択。各分野で、必修1問、選択1問。
4分野とは、教育学概論、生涯教育、文化人類学、哲学概論。
教育学概論は、たしか必修が「心の教育」について、
教育の現場における具体的な問題をふまえて論ぜよ、とかいった話。
生涯教育は、「ニューメディアの生涯学習への影響」といったのが
必修で、選択の一つには「生涯学習の振興策」とかいったのがあった。
文化人類学は、いずれも「具体的な例を挙げながら論ぜよ」といった問題。
必修は「グローバル化と民族主義という相反する現象の進行」とかいった
もので、選択には「エスニック料理」が主題のものがあったと思う。
哲学概論は、必修が「義務論的倫理学説」について。選択には
「啓蒙主義における近代という言葉の意味」とかいった問題が
あったように思う。
若手面接は、予め自己アピール書のようなのを書いて臨む。
でも幹部面接用の「面接カード」は、この待ち時間に書く。
幹部面接用のカードを書く時間的余裕は十分。
若手面接は二対一。大部屋で8組同時進行で行う。
緊張させないように工夫されている。
<二次二日目:集団討論と幹部面接>
「教育・文化」受験の5人と、「経営・情報」から2人、
「国際」から1人で、計8人。「教育・文化」の人で、一人
待合室での待機時間中から「教育・文化」受験者に声を掛け、
挨拶している人がいた。
討論では、予め配られた紙に記された会話に続けて、
「豊かさとは何か」を論ずる、というもの。
参加者は、入り口でアルファベットの書いてある紙を引き、
当たった席に行く。名前でなく、「Aさん」等と呼び合う。
片側4人、両側で8人座れる机に座る。資料持ち込み不可。
空いている二辺の向こうでは、二人ずつ面接官がいて
何事かチェックしている。
上記の「挨拶してた人」が、司会を引き受けて、よくまとめていた。
<幹部面接>
圧迫面接。さきほどの面接官4人が、こんどは正面に並ぶ。
左の人から、順に訊いてくる。最初の人はにこやかに、
次の人はやや怪訝な表情を返しつつ、
3人目の人はふんぞりかえって応対。
4人目が、スルドイ突っ込みを入れてくる。
面接を終えて帰ってくる人は、みんなショゲていた。
面接官の最高傑作
面接官4「地味で煩瑣な作業を好む」って書いてあるけど、
こういうのはふつう嫌いなんじゃないの?」
私「私はとても好きです。
具体的には、本の誤植などを探して、表にまとめて
著者である先生や出版社に送ったりしていました」
面接官4「君は、文部省に入って
教科書検定なんかやったらいいんじゃないの?」
<後日談>
「教育・文化」で受かったのは、働きながら受けた女性と
集団討論で目立った意見を言っていなかった現役生。
東大の博士課程の人が落ちていた。司会役をしていた就職浪人の
人は、ちゃんとまとめて集団討論できちんと意見を言っていたのに落ちた。
採点基準が皆目解らない。
ちなみに、東大の博士課程の人は、1999年は年齢制限で
県庁は受けられない。ところが・・・99年の国I受験で、
法務省に官庁訪問したとき、図らずも再会。